LOGIN時間は数週間前に戻る。
いつものように公務が忙しかった。「この部分だが、君はどう思う?」
俺は王都にあるシュナイエ王国の王宮において、青髪の子爵令嬢《ししゃくれいじょう》のクレア・ユングホルツ嬢に意見を求めた。
資料の確認をするためだ。「私は、殿下のご判断が最善だと思います」
「そうか」
クレア嬢は決断をしなかった。
俺の判断が正しいと言ってくれた。 その途端に、肩の力が抜ける。「君の意見で確信が持てた。ありがとう」
「いえ、殿下の考えは正しいですから。あなたは王太子ですので」
「王太子、か。確かにな」
俺はちょっとクレア嬢に笑みを見せる。
すると彼女も微笑み返した。「ふふ、そういったところ、魅力的です」
「そう言ってくれると嬉しい」
クレア嬢は肯定的に捉えてくれる。
それが俺の心を惹きつけた。 婚約者がいるのにな。 クレア嬢は、迷うことそのものを否定しなかった。 それが、俺にはありがたかった。「そうだよな」
俺は彼女に対して、そう呟いた。
だからこそ、意見を訊くんだよな。(俺だって迷うよな)
「クレア嬢、ちょっと良いだろうか?」
何日かして、彼女に意見を求めた。
ちょっと遠慮がちに。「迷われていますのね」
「ああ」
彼女は俺の様子を察して、優しく微笑んでいた。
少々安心する。「俺だってただの人間だからな」
先日クレア嬢に言ってくれた事を返した。
「勿論ですよ。迷われるのは、真剣だからだと思います」
クレア嬢は頷きながら俺の事を肯定してくれる。
「私としてはーー」
そして意見を言ってくれた。
俺は楽になった気持ちになる。「ありがとう。つっかえていたものが取れた気分だよ」
「ふふ、そんな所が私はお好きですよ」
笑顔を見せてくれるクレア嬢。
水が流れるように、俺は楽な方向へ心が向いていく。「君は縛らないな」
「そんな。私はただ、殿下を尊敬しているだけです」
彼女がそう言ってくれる事に心が温かくなる。
「あのレオポルド殿下、お疲れではありませんか?」
少し経って、業務が終わったタイミング。
そこでクレア嬢は話しかけてきた。「疲れか。そう見えるのか?」
「はい」
俺では気づかなかったが。
彼女は気がつくのか。 確かに自分の事を気づきにくいってよく言われるが。「あの、よろしければちょっとだけですが、肩をほぐしてあげましょうか?」
「い、良いのか?」
俺が触ってみると、肩がかなり硬くなっている。
痛みも少々あるようだ。 やはり疲れているのだろうか。「はい。ただ、殿下がご都合が悪ければ大丈夫ですので」
彼女は、距離を詰めすぎないよう、どこかで気をつけているようにも見えた。
「いや。少しだけ頼む」
ずっとやってもらうと悪いからな。
それに他の侍女に見られると、クレア嬢の居場所が無くなる。 だから少しだけ。「ありがとうございます」
クレア嬢は俺の肩を揉んでいく。
優しく痛まないように。「力は大丈夫ですか?」
「いや。丁度良い」
肩のこわばりがじんわりと取れるようだ。
こんなに硬くなっていたなんてな。「ありがとう」
「いえ、微力ですが子爵令嬢としてお力になれて幸いです」
肩がほぐれると共に、彼女との壁も薄くなっていくようだ。
何でもは言えないものの、多少なら話せると思う。「殿下、一人で抱えすぎないでくださいね」
「そうだな」
ここでは迷っていい。
それが俺を彼女へと近づけさせた。優しい意見を貰えるから。
正しいかどうかより、楽な方に流れている気がした。
この日、俺は婚約者のユリアナ嬢に意見を訊いていた。 彼女も公務を手伝ってくれる。 公爵令嬢であり婚約者という立場から、クレア嬢よりも多くのことを行っていた。 それは助かっている。「これに関して、君はどう思う?」
「殿下、もしかして迷っておられるのでしょうか?」
ユリアナ嬢は俺へはっきりとした目を見せていた。
感情を持たずに。「そうだ。だから……」
俺の言葉を待たずに、ユリアナ嬢は回答を行った。
「判断は迅速に。迷いを見せるべきではありません」
その回答がそれだった。
正論であるが訊きたい回答とは違っている。 意見を聞きたかったのに。「分かっている」
俺は少しだけモヤモヤとしながら、ユリアナ嬢へ返事をした。
彼女は平然としながら手伝いを続けている。「殿下は王太子ですわ。民に迷う姿を見せてはなりまあせん」
「ああ」
ユリアナ嬢の意見を知りたかったのに。
確かに俺は王太子だ。王となるのに、迷いは禁物とも言えるが。「そうだな」
ため息を吐きながら、返事をする。
「殿下、お疲れでは?」
「そう見えるのか」
ユリアナ嬢も分かるんだな。
俺の婚約者だ。 何回も見ていたら分かってくる。「はい。ですが、迷ってはいけません」
彼女ははっきりと、俺に言った。
それでもユリアナ嬢は、一瞬だけ言葉を選んだように見えた。 癒してくれたらいいのにな。 それが、王太子として間違っていることだとしても。「俺は間違っているのか?」
「いいえ。ただ”迷ったまま進む”ことが、最も危険です」
「ああ、それは正しいな」
俺はユリアナ嬢の言葉に頷く。
「民を迷宮へ誘い込ませてはいけませんのよ」
「分かっている」
彼女は迷わないことが正しいみたいだな。
「だからこそわたくしは、貴方の婚約者として支えなくてはいけませんの。迷わないために」
「そうだな」
ただ、婚約関係という一本の糸だけで繋がっているという状態に思える。
その糸は俺をきつすぎないが、ほどけそうにない。 ああ、悩ましいところだ。「結婚しても、ずっとそのままか?」
「勿論ですわ」
そうなるよな。
俺が王になっても変わらないな。 ユリアナ嬢は、いつも正しい方向を示していた。「わたくしは、殿下を好いております」
彼女は柔らかいが揺るがない微笑みを見せた。
「好いているから、迷ってほしくはありません。わたくしは理想の王妃になりたいのです」
理想か。
ユリアナ嬢にとって、俺はどんな王太子や王であった方が良いんだろうな。 間違っていないし、むしろ正しいだろう。 だから彼女が婚約者なんだ。 「レオポルト殿下、ちょっとよろしいでしょうか?」「どうした?」
ある日、クレア嬢がが話しかけてきた。
俺は彼女と二人きりで話し合うことに。 他の人物に聞かれるのは問題あるから。「私、怖かったんです」
「何がだ?」
すると最初、クレア嬢は俯きながら、言い淀んでいた。
少しずつ涙を流して、ぽつりぽつりと言葉を発していく。 明らかにただ事じゃ無い。「責められている気がして。私が、ここにいてはいけないみたいで……」
とても悩んでいて、かなり辛そうにしている。
彼女はどうしてここまで。「誰に?」
「ううん、私の思いすぎかもしれませんが。空気がどうしても怖い感じで」
確かにそう思うことはありえるだろう。
気まずい気持ちが、自分を追い詰めてしまうというのが。「気にしすぎるな。大丈夫だ」
クレア嬢に優しく言って、落ち着かせようとする。「私、殿下のお邪魔でしたか?」
「そんなことはない」
クレア嬢がいてくれるだけで、俺の公務だって少しは楽になっている。
心だって安心できるからな。「でも、”身の程を知れ”って言われている気がして……」
「それってーー」
完全に一人しか思いつかなかった。
ーー思いついてしまった時点で、答えは決まっていた。「ち、違います! あの方は私のために言っているのです!」
彼女は正しいことを言っている。
いじめてはいないかもしれない。「だが」
「私よりも殿下が感情的にならないでください。私のために殿下が動いては、国が大変なことになります」
「……クレア嬢」
「私がここにいるかどうかより、国の方が大切です」
クレア嬢は俺を必死に止めようとしていた。
それはそうだが。「大丈夫ですから。私、殿下や婚約者様のために王宮を出ますから」
どうしてそこまで俺の事を。それにユリアナを庇おうとしているなんて。
ユリアナよりも考えてくれるのに。「そんなことをしなくていい。俺が守るからな」
「殿下、婚約者様を傷つけることだけはしないでください」
この状況においても、自分よりも彼女を優先しようとしていた。
「分かった」
クレア嬢は微笑み、涙を拭こうとしていた。
俺はハンカチを渡して、手が汚れないようにする。 大事だからな、君も。夜、俺は寝室の窓辺で夜風に当たっていた。
眠れなかったから。 寒すぎない、丁度良い風が吹いている。 悩みが大きくなっているのもあるが。「俺は、ユリアナ嬢と婚約したままで良いのだろうか」
この迷いは、王太子として王としての問題に直結している。
あんなに正しい彼女であるが、それが気づけば圧力になっていた。 彼女には迷いを見せられない。 それははっきりと、心を疲れさせていた。 このままだと、本当に迷ってしまうことになる。「彼女は正しい」
言葉のひとつひとつに、間違いは無い。
道筋だって見つけてもらっている。 でも、余裕だけを見つけさせてもらえなかった。「彼女には他にも愛される男性がいるだろう」
無理に俺と縛り続けたって、良くはない。
彼女には彼女の人生がある。 ユリアナ嬢は公爵令嬢だ。 結婚したいと思っている令息は何人だっている。 それに他国だって、狙うだろう。 ならば、見つけられるうちにユリアナ嬢との婚約を破棄したっていいのかもしれない。「これは、彼女のためだ」
俺はそう思おうと述懐《じゅっかい》していた。
ただ、本当にそうなのか? そう思いたかっただけか? 俺が楽な方に考えているだけかもしれない。 水が高いところから低いところに流れるように、俺の心もそうなっているだけなのだろうか。「ユリアナ……」
彼女は好きだけれども、俺は楽な方を選びたい。
王太子としての判断から逃げているつもりはない。 そう思い込もうとしていた。「寝よう」
決断したら、眠くなってきた。
ベッドに入って眠りにつく。 この選択が、誰かを傷つけるのだとしても、今は考えないことにした。「お嬢様は戻りました」 そう言われるまで、俺は土下座をしたまま。 既に謝罪をする相手は、居なくなっている。 だから頭を上げてゆっくりと立ち上がる。「出口までご案内いたします」 使用人に案内されて、屋敷の外へ。 屋敷の雰囲気が冷たく感じた。 丁寧だが、最初に来たときよりも距離があった。 出ると、扉は静かに閉じられる。 だが音が重かった。(終わった、のか?) 屋敷を出たタイミングでも、その実感がまだ起こらなかった。 拒絶された実感すらない。 それは、『帰りなさい』や『お引き取りを』って言われず、使用人にも物理的な行動をされず、追い返されなかったのもあるが。 扉から門へと向かっていく庭の間にある道。 太陽は完全に昇っていて、空は水色に染まっている。橙色は少ない。(謝罪、受け取ってもらえなかった) ユリアナ嬢の言葉が、ゆっくりと頭の中で反響する。 『殿下は、わたくしに謝りに来たのではありませんわ』 『”安心したい”だけですわ』 『殿下、わたくしは”二度と捨てられない未来”を約束できない方とは、関われません』 はっきりと、俺に突きつけた言葉。 正論であるが、ある意味断罪するような、冷たいもの。 でもそれだけ婚約破棄によって、ユリアナ嬢を傷つけた事になる。 明らかに俺が間違っていた。 時が戻れるなら、婚約破棄直前で俺を殴りたい。(俺は、許される前提で来ていた) 土下座をして、前世の事だけじゃなくて、全部を話した。 それで許されて、戻れると思っていた。 ゲームと同じような世界だから。 パワーの強い行動をすれば、ゴリ押せると。 でも結果は違っていた。 俺がしていたのは、謝罪ではなく、回復魔法。 壊れてしまった関係すらも戻せるような、ありもしない回復魔法唱えていた。 だからこそ、『謝ったから戻る
【ユリアナ視点】 この日、夜明け後にわたくしへ使用人のサルチャクから報告があった。 まだベッドで起きてすぐに。「殿下がお見えです」 朝早くから? そして報告したサルチャクは、諦めているような目をして疲労を見せていた。 ただ、わたくしにとっては驚きもしなかった。(やはり来ましたのね) それだけの感情。 もう一度来るって事は予想できた。 先日の謝罪、殿下は頭を床につけて謝罪の言葉だけを伝えた。 跪いて、わたくしに許しを請《こ》うて。 明らかにおかしな状況。 しかも、何に対して謝罪をしようとしているのかを、何も言わず。 だからわたくしは、謝罪を受け入れられなかった。 婚約破棄に関する事かもしれない。 でも、それならば言ってほしかった。 理由も訊きたかったから。 謝罪だとすれば、今日は言ってくれるのだろうか。「通しなさい。でも客間とは違う場所に」 わたくしはそうサルチャクに伝えた。「かしこまりました」 寝間着から着替えて、殿下が通されたであろう部屋に行ってみる。 殿下が通されたのは小さいながらも庭がよく見える部屋で、わたくしにとってはお気に入りだったりする。 彼はどんな言葉をわたくしに言うのだろうか。 そう思いながら部屋に。 部屋に入ってみると、そこには既に先日を同じような体勢を取った殿下が。「殿下」 わたくしは元婚約者でありながらも、冷たく淡々と言葉を話していく。 そして近くにある椅子に座って、話を聞くことにした。「また謝罪ですのね」「俺は君のために婚約破棄をした。だが、それが正しかったのか分からなくなった」 やはり謝罪は、婚約破棄に関することですのね。 分からなくなったって。迷っているじゃないの。 だからこそ謝っているのだろうけれど、なら婚約破棄する前に、気づかなかったのかしら。 私は何も言わずに聞いていく。 すると、殿下は前世に関することを話していた。 前世ーー伝承等《でんしょうとう》で見聞きしたことがある。 別世界の人物が転生することがあると。 本当にあるのね。 しかも、殿下がその人物だなんて。 わたくしはそれでも驚きを見せず、ただ聞くだけ。 ”推し”って分からないけれど、前世ではわたくしを好いていたのね。 確かにわたくしも
【ユリアナ視点】「……殿下」 |あの時《婚約破棄の日》、殿下が出ていって、扉が閉まった。 静かだったけれども、今までよりも冷たかった。 足音は遠ざかっていく。 わたくしは追いかけることもせずに、応接室で立ったまま。 遠ざかっていくと、応接室には静寂が訪れる。 聞こえるとすれば廊下を歩く侍女の足音くらいだろう。「本当なのね」 机の上に置かれた婚約破棄の書類を見てみる。 はっきりと、レオポルド殿下とわたくし”ユリアナ・フォン・ルイッツホーフ”が婚約を解消する旨を書かれている。 殿下の署名もあるし、王家の印もあってこれが正式書類だって分かる。 偽造なんてありえないくらいに。「本当に、終わったのね」 わたくしは殿下との婚約を破棄された。 その事実は、時間が経つにつれてはっきりとわたくしにのしかかる。 殿下の、『君のため』という言葉が、胸に刺さる。わたくしのため? それなら、なぜ理由を言わないの? わたくしは……ただ、選ばれたかっただけなのに。「どうしてなの?」 何が原因だったのかしら。 思い出そうとしても、心当たりがない。 いつから殿下は、わたくしとの婚約を破棄しようとしたのか。 そのきっかけって何だったの。 わたくしはその際に、何をしてしまったのか。 思考を巡らせながらその心当たりを探っていく。 でも、見当たらない。 何がいけなかったのだろうか。 気づかないうちにわたくしは殿下へ、粗相をしていたのか。 わたくしすらも知らない癖的な言動が、殿下を失望させてしまったのか。 もしかしたら、その時にわたくしが謝って態度を変えれば、婚約破棄にならなかったのだろうか。 考えれば考えるほど、問いだけが増えていく。 けれど、答えに繋がるものは一つも見つからなかった。「分かりませんわ」 思い出してみるけれども、失言はしていないはず。 言動には気をつけていたはず。癖で出ていたであろうものも含めて。 婚約者として、殿下を支えていたはず。職務的なのも積極的に行っていた。 なのに、どうして。 ”王太子なのに”とか、”王太子失格ですわ”といった事を言って、殿下を否定した覚えがない。「……何も思い当たらない」 だから、さっき殿下が言っていた事を思い出す。 『君のためだ』
「う~ん」 俺は悩みながら、王宮の廊下を歩いていた。 あれ、何か新鮮だな、この廊下を歩くのも。理由は分からないが。「それにしても」 ずっと歩いているのが新鮮に感じてしまう事、に関してはどっちでもいい。 今の状態としては、別の事で悩み中だ。「ユリアナ嬢、許してくれるかな」 二度目の土下座をしたいが、いつにするかを決めかねていた。 すぐにユリアナ嬢の屋敷へ向かっては、呆れられるだけだろう。 だから、多少は時間を置いて謝罪をしたほうがいい。 でも、どのタイミングで? それが一番の悩みだ。 顎に手を当てながら考えていた。「殿下、何か悩まれているのでしょうか?」「すまない。変なところを見られてしまって」 クレア嬢が俺の様子を見て、微笑みながら優しく話しかけてきた。 しまったな。 彼女は当事者じゃないのに。 俺とユリアナ嬢の問題だからな。「もしかして、ユリアナ様の事でしょうか?」 分かるのか。 確かに先日、婚約破棄したことを伝えている。 だから察しがつくだろうな。「ああ。婚約破棄してから、冷静になってみたんだ。そうしたら、間違いだって思うようになってな」 そのため、俺は表面上であるがクレア嬢にユリアナ嬢への気持ちを伝える。「ま、間違いですか」 そう口にしながら、クレア嬢は一瞬だけ視線を落とした。 まるで、答えが分かっていたのに、聞いてしまったかのように。「謝罪をしたんだが、受け入れてもらえなかった」「せ、先日のってそれですか……」「ああ、そうだ」「ゆ、ユリアナ様と……」 クレア嬢の目が一瞬、悲しげに揺れた。彼女も、何かを知っているような……? それに言葉が震えまくっている。 何が起きているんだ。「大丈夫か?」「は、はい」 落ち着かないな。 さっきまでは平常だったのに。 悪いことでも言ってしまったのか?「もしも再び謝罪をするなら、いつが良いだろうか?」「そうですね。すぐでもいけませんし、時間が空きすぎてもいけませんので、数日後がいいかと」 数日後か。 確かにそれが良いかもしれない。 やがてクレア嬢の様子は、完全ではないものの徐々に落ち着いていって、普通に話していた。「ありがとう」「……殿下の謝罪が上手くいくといいですね」 ぎこちない微笑みを見せながら
数日後、王宮にある応接室。 そこで俺は立ってある人物を待っていた。 侍女を通じて、やってくるように伝えている。「失礼いたしますわ」 やってきたのはユリアナ嬢。 礼をしながら応接室に入ってくる。 いつもと変わらない表情をしていて、何も不安に思っていない。「来てくれてありがとう。時間は取らせない」「殿下、どういった用件でしょうか?」 一呼吸置いて、伝えることにする。「君との婚約を、ここで解消したい」「……っ!」 ユリアナ嬢は驚いた表情をしていた。 確かにそうなるよな。 でも取り乱すこともなく、ただ考えているようだった。「理由を、お聞きしても?」 次に彼女が口にした事は理由を訊ねるもの。 彼女には心当たりが無いようだ。 俺は彼女に視線を合わせず、書類を差し出す。 それは、婚約を解消する旨を書いたもの。 これによって、完全に俺とユリアナ嬢は婚約を解消することになる。「理由か。これは、君のためだ」「わたくしのため?」 きょとんとしている。「君は、正しい王妃になる人だ」 それは間違っていないと思う。 ユリアナ嬢と結婚すれば、彼女は正しい王妃になれるだろう。「だが、俺にはそれを受け止めきれなかった。それ以上の説明は、出来ない」 俺は謝罪をせず、ただ理由を伝えていく。 それを感情もぶつけずにユリアナ嬢は聞いていた。 言葉を遮らず、ただ淡々と。 俺の言葉が終わると、ユリアナ嬢が口を開く。「わたくしが、殿下のお役に立てなかったのでしょうか?」「いや。何も」 その問いかけに対して、俺は間を置かずに答えていく。 即答と言ってもいいくらいに。 確かに彼女は悪くない。 役に立っている。立てなかったことはない。「これまでの尽力に、感謝している」 俺はユリアナ嬢に一礼をして出ていこうとする。 彼女は俺に縋るわけでもなく、ただ俺を見ていた。「必要な手続きは、後日こちらで行う」「分かりましたわ、殿下」 彼女は泣くことはなく、怒るわけでもなく、俺に対して一礼を返した。 姿勢は正しく、王太子の婚約者としては相応しいように思える。 だが、少なくとも今の俺には受け入れられなかった。 俺は応接室を出ていく。 この時点で、俺とユリアナ嬢の婚約関係は終わったのだった。「何故なん
時間は数週間前に戻る。 いつものように公務が忙しかった。「この部分だが、君はどう思う?」 俺は王都にあるシュナイエ王国の王宮において、青髪の子爵令嬢《ししゃくれいじょう》のクレア・ユングホルツ嬢に意見を求めた。 資料の確認をするためだ。「私は、殿下のご判断が最善だと思います」「そうか」 クレア嬢は決断をしなかった。 俺の判断が正しいと言ってくれた。 その途端に、肩の力が抜ける。「君の意見で確信が持てた。ありがとう」「いえ、殿下の考えは正しいですから。あなたは王太子ですので」「王太子、か。確かにな」 俺はちょっとクレア嬢に笑みを見せる。 すると彼女も微笑み返した。「ふふ、そういったところ、魅力的です」「そう言ってくれると嬉しい」 クレア嬢は肯定的に捉えてくれる。 それが俺の心を惹きつけた。 婚約者がいるのにな。 クレア嬢は、迷うことそのものを否定しなかった。 それが、俺にはありがたかった。「そうだよな」 俺は彼女に対して、そう呟いた。 だからこそ、意見を訊くんだよな。(俺だって迷うよな)「クレア嬢、ちょっと良いだろうか?」 何日かして、彼女に意見を求めた。 ちょっと遠慮がちに。「迷われていますのね」「ああ」 彼女は俺の様子を察して、優しく微笑んでいた。 少々安心する。「俺だってただの人間だからな」 先日クレア嬢に言ってくれた事を返した。「勿論ですよ。迷われるのは、真剣だからだと思います」 クレア嬢は頷きながら俺の事を肯定してくれる。「私としてはーー」 そして意見を言ってくれた。 俺は楽になった気持ちになる。「ありがとう。つっかえていたものが取れた気分だよ」「ふふ、そんな所が私はお好きですよ」 笑顔を見せてくれるクレア嬢。 水が流れるように、俺は楽な方向へ心が向いていく。「君は縛らないな」「そんな。私はただ、殿下を尊敬しているだけです」 彼女がそう言ってくれる事に心が温かくなる。「あのレオポルド殿下、お疲れではありませんか?」 少し経って、業務が終わったタイミング。 そこでクレア嬢は話しかけてきた。「疲れか。そう見えるのか?」「はい」 俺では気づかなかったが。 彼女は気がつくのか。 確かに自分の事を気づきにくいってよく言われるが







